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LOGzeudon

名古屋で働いているWebデザイナーのブログです

"どうせいつかは終わるなら せめて自分で選んだ終わり方" / amazarashi「ヨクト」

日記

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未来のこと、夢とか考えるのは苦手です。
まずは、今、目の前にあることに立ち向かわないといけない。
でも、足がすくむというか、見て見ぬ振りをしたくなるダメな自分がいます。


amazarash/夕日信仰ヒガシズム 2014.10.29 NEW RELEASE ...

「やまない雨はない」「明けない夜はない」
とか言って明日に希望を託すのはやめた
土砂降りの雨の中 ずぶ濡れで走っていけるか?
今日も土砂降り

〜「雨男」より

いつか雨が止んで晴れになるのだろうか。その晴れはいつまで続くのだろうか。
その晴れ間に、自分はどれだけ喜ぶのだろうか。そこに向かって走り続ける意味はあるのだろうか。
そんなことをぐずぐずと考えます。歌詞のとおり、ずっと雨のような気分。

「やまない雨はない」「明けない夜はない」ってフレーズはよく聞くけど、その間を抜けられるかどうかが肝心な気がします。
時々、晴れ間が差してくることがあっても、すぐに雲に覆われて、雨に。晴れ間は少ない。でも、ないわけではないところに救いを求める。

優しくされたら胸が震えた それだけの為に死んでもいいや
本気で思ってしまった 笑ってよ 笑ってくれよ
うな垂れて覗き込む水溜り 映り込む泣き顔踏みつけたり
上手くいかねぇもんなんだな 今日も土砂降り
そういや いつかもこんな雨だった

〜 「雨男」より

不安は、なかなか誰かに打ち明けられないものです。そう思っている時点では、誰かに共有したいと思ってないのかもしれません。
そして孤独だと思い込み、だんだん気持ちもヌマにはまっていく。
そんな時にでも、「友達」と会って話をすると胸が弾みます。それがあるから生きていけるのかもしれない。

それが自分にとっての数少ない晴れ間であり、いつか長い晴れ間があるとしたら、長い雨の中を走る間にできた仲間と、なにかを一緒によろこぶ時なのかなあという気がします。
いまの自分には、そんな仲間ができるのかどうか不安です。

誰かの言葉で話すのやめた 誰かの為に話すのやめた
ノルマ、売り上げ、数字じゃなくて 僕は言葉で会話がしたいよ
理想論、嘲笑うのは誰だ 歌手は理想を歌うのが常だ
いいからお前さっさと歌えよ 一体全体、誰だお前は?

「〜後期衝動」より

頭では、「悩んでないで今すぐやれよ、やらなきゃ不安も無くならねえよ」と思います。
でも、「やってもかわらないかも、意味がないかも、全部投げ出してしまえよ」とも思います。
結局どっちつかずです。
やることも、投げ出すこともしないまま、身動きも取れなくなります。
宙ぶらりんの気持ちで、成果も半端になる。
いっそ投げ出してしまった方が、何か前へ進んでいるのではと思えるほどの、停滞、閉塞感があります。

僕らが道を選ぶなら 答え合わせなんてないから
誰かのせいにするのなら その誰かに生かされてるんだ
ヨクトは散々失った 人としての最小単位だ
どうせいつかは終わるなら せめて自分で選んだ終わり方

〜「ヨクト」より

いつか終わりが来た時、その時までいまの半端な状態で過ごすのかどうか、自分で選択しなくてはいけない。
自分はなにを望むのか?このままで良いのか?選ぶ道はそれか?
誰かに決められた方向、誰かのためと選ぶ道、それで満足するのだろうか?

まだアルバム通して2回くらいしか聞いてないけど、amazarahiの「夕日信仰ヒガシズム」、いろいろなこと考えさせられています。

夕日信仰ヒガシズム(初回生産限定盤)(DVD付)

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(c) rokuzeudon